30代に入り、職場の人間関係で悩む日々が続いた。昇進試験のプレッシャー、結婚が決まるなど、人生の大きな転機が立て続けに訪れていた。

結婚を考え、子どもが欲しいと思い始めた。そのとき初めて、SSRIの減薬と認知行動療法について真剣に考えるようになった。

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認知行動療法という存在は以前から知っていた。しかし、それを実施しているクリニックを探すのに苦労した。都市部と違い、地方では取り入れているクリニックが少なかった。それでもなんとか見つけ、転院した。

転院先で、曝露反応妨害法が始まった。医師と心理士から理論の説明を受け、内容は理解できた。薬物療法を続けてきた12年間で症状は寛解状態にあった。新たな治療の始まりだった。

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しかし、3ヶ月後に強迫症が突然悪化した。

きっかけは車の運転だった。誰かを轢いたのではないかという強迫観念が頭を支配し始めた。ドライブレコーダーの確認、目視での確認、強迫行為を我慢できないほど不安が膨らんだ。すぐに医師に相談し、薬を増やす対応をしてもらったが、悪化は止まらなかった。車以外の外出にも強い強迫観念が広がり、仕事を休職することになった。

期待していた認知行動療法は、思っていたよりもずっと厳しい方法だった。

今思えば、地方という環境も影響していたと思う。心理士から「加害恐怖の患者を担当した経験がまだ少ない」と言われたこともあった。

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そのとき、妻が遠隔の心理士によるオンラインカウンセリングを調べてきた。藁にもすがる思いで始めた。

そこで改めて気づいたことがあった。曝露とは、不安な状況に自分から飛び込むことだ。これまで自分がやっていたのは、主に反応妨害、つまり確認行為をしないことに重点を置いていた。曝露が足りていなかった。

曝露の例として、洗浄強迫であれば、トイレのあとに一切手を洗わない、便器をあえて触る、そういったレベルのことだと説明された。健常者ならしないようなことに、あえて挑戦する。洗浄強迫の人にとっては発狂するほどの恐怖を伴う行為だ。

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正直に言う。できる曝露と、なかなかできない曝露があった。

車の運転、カッターやハサミに触ること、そういった曝露にはなかなか挑戦できなかった。クリニックも何度か転院した。薬も変えた。そうして3年ほどが過ぎた。

覚悟を決めて曝露に挑戦し、カッターも使えるようになった。車の送り迎えは必要だが、仕事にも行けるようになった。今も車の運転の曝露にはなかなか挑戦できていない。

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認知行動療法は、夢のような方法ではない。かなりの覚悟が必要だ。

それでも、強迫に囚われない自分を取り戻す方法になり得ると、私は思っている。

難しいとわかっていても、挑戦して、少しでも自分を取り戻せる人が増えてほしい。そう願っている。

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ミナト