大学4年生、就職活動が始まった。

知らない土地への移動、知らない人との面接、審査されるプレッシャー。普通の人でも緊張するはずのそれらが、当時の私には地獄だった。症状はすでに出ていた。このままもっとおかしくなったらどうしよう。不安と恐怖は増すばかりだった。

それでもなんとか就活を乗り切った。

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病名を知ったのは、偶然だった。

大学から帰って、何気なくテレビをつけた。強迫性障害という病気について話していた。

画面を見ながら、「これ、私かもしれない」と思った。

それまでずっと、自分だけが頭のおかしい異常者だと思っていた。でもそれは、強迫性障害と呼ばれる病気だったのかもしれない。その瞬間、すごくホッとした。

病気なら、治せるかもしれない。病院に行けば、理解してくれる人がいるかもしれない。症状が出てから初めて、希望というものが見えた気がした。

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誰にも言ったことのなかった症状を、初めて母親に打ち明けた。

すべてを理解してもらえたわけではない。それでも両親は、神経科に連れて行ってくれた。当時は精神科や心療内科という選択肢を知らなかった。神経科の医師に、精神科・心療内科の方が適切だと教えてもらった。

大学近くのクリニックを探して、予約した。

初診まで2ヶ月待った。待ち遠しかった。でも初めて希望を持って耐えることができた。苦しくても、なんとかなるかもしれないと思いながら。

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初めてクリニックに行った日のことは、今でも覚えている。

看護師さんに話を聞いてもらった。思い出すと苦しくて、泣きながら話していた。それでも、理解してもらえた。

医師に話すと、「これは強迫性障害ですね」と言われた。

ホッとした。「薬物療法を始めれば改善していくと思います」という言葉が、嬉しかった。

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あのテレビを、たまたまつけていてよかった。

病名を知らないまま、ひとりで抱えていたら、もっと長い時間がかかっていたかもしれない。

今、同じように「自分はおかしいんじゃないか」と思いながら誰にも言えずにいる人がいたら、伝えたいことがある。

それは病気かもしれない。そして病気なら、助けを求める場所がある。

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ミナト