強迫観念は、ずっと同じこともあれば、移り変わっていくこともある。

私自身、最初は鍵や火の元の確認だった。ところがある日、自転車に乗っていて段差を越えたときの小さな衝撃で、赤ちゃんや小さな子どもを轢いてしまったのではないかと怖くなった。

そこから、確認強迫が加害恐怖へと移っていった。

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強迫症というものは、自分が一番嫌なことを見つけ出して、それを強迫観念にしてくる。そんなふうに感じることすらある。

不安に思いたくないこと、考えたくないことほど、頭から離れなくなる。まるで、自分の弱いところを的確に突いてくるように。一つの不安が落ち着いても、また別の「一番嫌なこと」を見つけてくる。

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これは治療の中でも起こる。

詳しくはまた別の記事で書きたいが、強迫症の認知行動療法に、曝露反応妨害という一般的な治療法がある。苦手な状況にあえて向き合い、不安を打ち消す行為をしないことで、少しずつ慣れていく方法だ。

ところが、一つの強迫観念を潰していくと、また新たな強迫観念が出てくる。それにまた曝露する。まるでイタチごっこのようになって、かなり疲弊することもある。

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それでも、「強迫観念は移っていくものだ」と知っておくことには意味があると思う。

新しい不安が出てきたとき、「また症状が悪化した」「自分はだめだ」と落ち込みすぎずにすむ。これは強迫症という病気の性質であって、自分の心が弱いからではない。

対象が変わっても、向き合い方の軸は同じだ。そう思えるだけで、少しだけ楽になることがある。

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なお、治療については人それぞれで、必ず医療機関や専門家に相談してほしい。ここに書いたのは、あくまで私自身の経験だ。

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ミナト